pop_babu_sound’s diary

大野さんへの愛をつらつらと。

大野智の挨拶に温度を感じた話

晦日の「This is 嵐」の生配信が無事終了して、早いもので1週間と少しが過ぎようとしています。皆様いかがお過ごしでしょうか。私は未だ大野さんの姿が見えない日々に気持ちが右往左往していますが、ゆっくりと自分の気持ちに向き合いながら、大野さんが届けてくれた日々の幸せを胸に生きています。

さて、文章を綴ろうと思った理由なのですが。リピート配信で改めて大野さんの最後の挨拶を見た時に溢れ出た多幸福感や渦巻く気持ちをどうにか言葉にしたかったからです。ここに気持ちを置くことにしました。少しの間お付き合いください。

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大野さんの最後の挨拶が本当に素晴らしかった。素晴らしすぎるほど素晴らしくて、立派すぎるほどに立派だった。大野智という人間の本質が垣間見えた気がして、嬉しいような怖いような不思議な感覚を味わった。なんだかゾクゾクした。鳥肌が立った。大野智はカッコいい。惚れた相手に間違いはなかった。挨拶を聞いて改めてそう思った。

正直な話をすると、大野さんは涙を流すと思っていた。だから、様々な声が上がってしまうな…と勝手ながらに心配していた。でも、大野さんは涙を流さなかった。「悔いはない」とハッキリと伝えてくれた。私が想像していた以上に何倍も何百倍も大野さんは強かった。落ち着いた様子で様々な温度を保ちながら私達に一つ一つ的確な言葉を素直に丁寧に届けてくれた。話している時の大野さんは、凛としていて、何かから解放されたかのようなスッキリとした顔をしていた。

大野さんはカッコいいところが沢山ある。ビジュアルは勿論のこと、歌やダンスなどのパフォーマンスなどカッコいいところを挙げればキリがない。それぞれ思う大野さんのカッコいいところは沢山あるだろう。そんな中でも、私は大野さんのカッコいい所の一つに人間性があると思う。

私はずっと大野さんは、「愛されるより愛したい人」で、愛されるのも嬉しいけれど、好きな人には自分から愛したい、何かしてあげたい、言葉を伝えたいタイプなんだなぁ、他人からの見返りはあまり求めないのかなぁ、なんてなんとなく思っていた。だからこそ、(という表現は少し違う気もするけれど)誰にでも分け隔てない優しさがあって、人が心地良いと思う温かさが滲み出ているのかもしれない。そこが根本にあるから、人のためにずっと走り続けられていたのかもしれない。実際大野さんは、本当に強くて、優しくて、美しくて、温かい人だ。でも、私は少し怖いなという気持ちもあった。自分の人生に執着していないようにも思えたから。愛するだけじゃなくて愛されることにも、もっと執着して良いのにな、なんて自分で繰り広げた妄想であるにも関わらず、こんな無責任なことを思っていた。

だから、大野さんの言葉の中に、「僕は明日から自分のことを考えて、自分の時間を大切に生きてみようと思っています」という言葉を聞いた時に本当に驚いた。愛するとか愛さないとか関係無しに、人のために生き続けていただけで、自分の人生に執着していなかったわけじゃないんだと。後回しにしていただけなのだと。もちろん愛が沢山含まれた「人のため」は沢山あっただろうし、私も実際に感じていたけれど。でも、厳しい世界で走り続けていたから、無理した時、無理しなければいけなかった時もきっと沢山あっただろう。それが義務になっていた時もあるかもしれない。自分の人生にとっての幸せを、誰かの為に犠牲にしていたかもしれない。多分大野さんは、全てを知っていると思う。知ってしまっている。自分が何か行動することで様々な感情が飛び交うということを。だから、大野さんが「自分のために生きる」というようなことを言葉にしたから本当に驚いたし、本当に嬉しかった。その力強い言葉には、静かに燃える炎から感じるようなあったかい温度があったから。受け止めてくれる先があると大野さんが信頼してくれているのだと思ったから。大野さんは、「いろんな感情にさせてしまったけど」と言っていたけれど、私は大野さんを好きになってから大野さんに対して嫌な気持ちになったことは一度もない。胸を張って言える。だから、自分の幸せや進みたい道を諦めないでくれてありがとう。と本気で思っている。本当にありがとう。

その後、大野さんは「またいつか人のためになれるように」と言った。なんだかもうただただ凄いとしか言えなかった。大野さんはやっぱり凄い。カッコいい。「人はすぐ変わります」と言った大野さんはきっと、人間関係で嫌なことを沢山経験したのだろう。これは昔、大野さんが話していたことから想像したものに過ぎないけれど、人のために尽くす大野さんだから裏切られたりしたことも多くあったのかもしれない。そんな苦い記憶を持っているかもしれない大野さんはそれでも「人のために」と言った。こんなにも愛に満ち溢れた言葉を言えるだろうか。心が綺麗すぎる。人間として完成されすぎている。大野さんの人間性にただただ惚れるばかりだった。また一つ大野さんから学ばせてもらった。本当にカッコいい。

大野さんの挨拶を聞いた後、しばらく涙が止まらなかった。信じられないほど泣いた。なんの涙なのか私にも分からない。嬉しい涙なのか、悲しい涙なのか。ぐるぐると感情が渦巻いた。それを言葉にしたくて綴っているのに、答えが出なくて困る。でも、どんな感情でも正解なのだと思う。全部含めて私なのだ。

大野さんは挨拶の中で沢山の感謝の言葉を口にした。メンバーやスタッフ、沢山の人に感謝をしていた。メンバーに対して感謝を述べてお辞儀する姿が本当に美しかった。そしてその感謝の言葉の中に、私達ファンに向けてくれた「守ってくれて」という言葉があった。大野さんはファンから守られていると思ってくれていた。私達の声や気持ちが届いていたのだ。反論されようが大野さんを守る言葉を声にし続けているファンの子達、間違った情報が流れて、その勘違いを無くすために自分が犠牲になって誤解を解こうとしているファンの子達が沢山居たことを私は知っている。その声は決して無駄じゃなかったのだなと。画面をしっかりと見て気持ちを届けてくれた大野さんを見て、なんだか報われた気持ちになった。大野さん、大野さんの温かい気持ち届きました、本当にありがとう。貴方のファンの子で本当に良かった。

力強く言ってくれた「またね」は、想い続けていたファンの子への繋がりの糸かなと思った。もしそうであるならば、何年経ってでも待っていたい。きっとファンの子が見たい景色の第二幕がある。大野さんなら、と思う気持ちがある。それくらい大野さんを信じる気持ちが分厚い。もし、違ったとしてもその道を応援するけれど。でも、声にし続けることは大切だなと思うから。新しいステージで逢えることを楽しみしているよ。その時まで。またね、智くん。

大野さんの挨拶は本当に素晴らしかった。大野さんの言葉一つ一つに光が宿っていた。大野さんから放たれた言葉の光は私の心にも然るスピードで届き、今でも私の心を燃やし続けている。決して消えることはない。時には燃え盛る炎、時には穏やかな炎、時には消え入りそうな炎。様々な温度で届けてくれた。大野さんの言葉を抱きしめた時に、温度も音も感じて凄く温かくて穏やかな気持ちになった。重みがあってドキドキしたし泣いているのに心地良い。なんだか不思議な体験をした。

これからも大野さんが届けてくれた言葉達の温度を胸に、一生懸命前を向いて生きようと思う。そして、想ったことを我慢しないで言葉にしようと思う。彼に届くことを願って。

今日も大野さんが大好きだ。